• 2009-03-08 13:41:54
  • 「さもしい」発言の本心?
先日、麻生太郎首相が定額給付金について高額所得者が給付金を受け取ることを「さもしい」と批判したことがメディアで大きく取り上げられていました。 
 その後、首相は「生活給付ならば私がちょうだいするのはさもしいという気持ちがあった」と発言の意図を説明し直した上で、給付金支給が景気刺激策であることを示す必要から、定額給付金受給へと方向転換しました。

おそらく多くの人が「さもしい発言」に複雑な思いを抱いたと思いますが、国のありようを先導していく代表者が不適切な発言をした後、あれは本意ではなかった、などと撤回や弁明をすることが重なると、一体何が本心なのかわからなくなってくることもあるのではないでしょうか。

さて、昔からこんなことわざがあります。

「口は心の門」:心に思っていることは口に出して言いがちなので、言葉には十分気をつけなさい、という戒め

これにならうと、後で弁明などがあったとしても口に出した以上、その時点である程度のものは本心だったのかもしれません。

さらに、心のうちは口だけで表されるものではありません。

「目は口ほどに物を言う」:目つきは、口で話すのと同じくらい気持ちを相手に伝えることができる。
「顔が物言う」:人の心は顔に表れるもので、心を隠すことはできない。
「衣は意を表す」:服装は心を表すので、身なりに気をつけなければならない。
なんていうことわざもあります。

仕草や表情、見た目などによって外の世界に向かって放つ/話すノンバーバルコミュニケーションはときとして、喋ることによって外の世界に向かって話すバーバルコミュニケーションよりも、本心をよく表している場合もあるのです。

ことばからのメッセージだけではなく、ことば以外のメッセージに注意してみると、様々なことがわかってしまうことがよくあります。

例えば、恋人や友人や家族との会話でも同じようなことが言えるのではないでしょうか。
何気ないひとときの中で、ふと感じる違和感。
いつもと違う香水をつけていたり、見慣れない服装やアクセサリーをつけていたり、急に目をそらしながら話したり、そわそわと落ち着かなくなったり…
大丈夫だよ、なんて言われても、でもやっぱりなんか違う。
そんな“カン”のようなものが、ときとしてことば以上の真実を見つけていたりしませんか?

政治家の本心から恋人の嘘まで、受け取るメッセージを逃さずに感じることで、見え隠れしている本心に気づく……。

そもそも「はなす」とは、なにも口先だけを使うだけではありません。
自分の身体全体を使って表現をすること。
つまり、身体や音声を通じて意識を「放す」、「離す」、「話す」ことです。

あらゆる場面で繰り広げられる様々な話を聞くときに、発言だけでなく、発言者の微妙な変化に気をつけていると、ことば以上の情報を読み取ることができるかもしれません。
話す人、そして聞く人も、ことばの力とことば以外から漂うメッセージの力を意識してみると、国の代表者の何気ない言葉の本心も、恋人の心の中も、感じることができるかも…… 。


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