• 2009-03-01 22:02:24
  • 五感的アプローチから見る「おくりびと」のヒットの理由
アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した「おくりびと」が昨年の9月に公開されて以来、最高のブームになっています。
劇場は連日観客で満杯になり、興行収入はうなぎのぼり。
DVDも売り切れ状態が続いています。
書店では原作本の評判も高まり、こちらも売り切れが相次いでいるようです。
また、映画に登場する車をモデルにした霊柩車が発売、撮影現場になった山形県酒田市も脚光を浴びています。
作品を配給する松竹の株も急騰し、新年からの高値を更新したということで、「おくりびと」フィーバーはこれからも加熱していきそうな予感です。

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「おくりびと」は、遺体を棺に納める「納棺師」の見習いとして働き出した主人公が、仕事や家庭などで出会う人々との関係を通して成長していく物語。

日本のみならず海外でも評価されたのはなぜでしょうか?

それは誰にも必ず訪れる死、生きることとは命を食べることであるという普遍的な問題、その上で繰り広げられる納棺師の仕事、お葬式のしきたり、山形の厳しくも美しい自然、独特のことば、会話のやりとりやささいな仕草を通して察する微妙な関係やこころの動き、といった日本の文化を見事に映し出したことが現代の人々の心に届いたからだと考えられます。

しかしアカデミー賞受賞後、改めて誰よりも特別な思いを持って観るのはやっぱり私たち日本人なのかもしれません。
映画を通して、これまであまり知られていなかった「納棺師」という職業が注目を集めるようになったのも大きな意味があるでしょう。
納棺師は死者が誰でもどんな状態でも、葬儀の形式や宗教を越えて、尊厳を持って納棺をまっとうします。
劇中で遺体を扱う際の納棺師の「所作」、「誇り」、「敬意」に感動する人も少なくないようですが、生死の尊さを日本の美意識によって形で表現したのが納棺師の所作だとすれば、現代でも消えない職業差別、格差社会のある世の中で、何が差別を生むのか、何が品格を作るのか考え直すきっかけになるのかもしれません。

また、作品の中には「送る」、「旅立ち」、「門」、「また会おう」など、日本の死生観につながるようなことばが散りばめられています。
私たちが抱いている死生観を見つめ直すことで、生死を扱う職業の捉え方も変化していくのかもしれません。

日本でも海外でも、葬儀が簡便化される傾向があり、ゆっくりと死と向き合うことができにくい世の中になってきているとも言われます。
そもそも、現代の日常の多くは命と向き合うことの過酷さをそこそこ感じないようにできているものなのかもしれませんが、厳粛な空気の中で聞こえてくる、納棺師が遺体に死装束を着せていくときの衣擦れの音色、死者に触れることによって伝わる温度の違い、湯灌のときの「さかさ水」や「左前に着せる死装束」、「北枕」など日常と反対になった光景、絶やされない線香の香り…
そうした感覚を経ることで、心がきちんと死を受け入れることができるのではないでしょうか。
それは、物事を理屈として知ることよりも、体験して知ることの方がずっと深くて広い理解を引き起こす力になるということを示しています。

私たちはあくまでも映画の中の世界を間接的に体験するわけですが、制作側は物語、脚本、配役、演出、音楽などから「漂っていく何か」を計算し尽くし、その結果生まれた全体的な調和が、感動やムーヴメントを作り出す種になり得たのではないかと考えられます。
これが「おくりびと」が成功したひとつの鍵とも言えるでしょう。

私たちがどういうことに対して笑ったり、泣いたり、感動したりするのか?
時代や土地、言語、文化的背景、個人差などの影響によってかたちは違えど、それは本質的には普遍であるものでしょう。
それがある社会的条件下で多くの人に響いたとき、「おくりびと」のように大きな波となるのです。

このように考えると、
物事は人間の五感へどのようにアプローチするかに影響され、また、五感を使いこなすことが成功へと導く可能性を生み出すことになるとも言えます。

春が昨日より近づいてきたと感じる…
お気に入りの場所をまたひとつ見つけた…
気の向くまま作ってみたお料理がおいしくできた…
日常生活でふと感じることがあります。
これらはただのラッキーな偶然でしょうか?
そうではなくて、こうしたささやかな幸せもまた、五感と深い関係があります。

頭だけではなく実感することによって、生きることを知る。

情報が飛び交い、知識を増やすことには困らない世の中ですが、生きていくこととはどういうことなのか、「おくりびと」が教えてくれることは計り知れません。

夕焼け.jpg

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